1.高知の関東裸会 投稿日:2012/06/17(日) 01:14:04.34
オマーン国王のスレッドです!オマーン国際交流!!

2.神戸駅のジョンジョ 投稿日:2012/06/17(日) 10:38:49.74
オマーン国債
3.堺のジサクジエン 投稿日:2012/06/17(日) 15:32:49.24
覚醒剤中毒者に扇動される知的障害者の皆さま

日本に対する破壊活動してますかぁ

4.佐野の父者 投稿日:2012/06/17(日) 15:33:53.00
煽てて買収されるなさけない僕たち
5.烏丸丸太町のロシアモナー 投稿日:2012/06/17(日) 15:34:29.06
安心しろぉー俺達は優秀ダぁぁぁぁぁ
6.斜里のマララー 投稿日:2012/06/18(月) 00:07:19.39
オマーン国 (the Sultanate of Oman) Part.1 [イスラム情勢板]
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/news5/1327170229/
7.宝塚のヒッキー 投稿日:2012/06/19(火) 01:04:15.82
オマーン国最高!
8.上天草のモナージ 投稿日:2012/06/20(水) 13:20:22.92
ここまでまともな話題ゼロ
9.遠野のモナー地蔵 投稿日:2012/06/20(水) 23:29:28.95
~オマーン概略~
昭和45(1970)年に父王を追放して以来、絶対君主として
カーブース・ビン=サイード陛下が君臨する湾岸諸国であり、
石油や天然ガスを豊富に産出する産油国でもあるオマーン。

19世紀前半、サイード・ビン=スルタンの時代には、アラビア
半島沿岸や東アフリカ沿岸を支配して一大勢力を築き上げ、
ザンジバル島ストーン・タウン(現在のザンジバル・シティ)に
本拠地を構え、「オマーン海上帝国」を現出した歴史を持つ。

石油を積んだタンカーが、海賊や海上封鎖の心配をしないで
インド洋やホルムズ海峡を安全に航行できるのも、オマーンの
安定に依る所が大きい。

10.日本橋のぞぬ 投稿日:2012/06/22(金) 01:05:22.91
詳しいな
11.朝倉のギコエル 投稿日:2012/06/23(土) 01:22:07.01
>>10
>>9>>6のスレからコピペしただけだよ
12.小田原の初代モナー 投稿日:2012/06/26(火) 23:39:14.57
なーんだ
13.舞鶴のぎゃしゃ 投稿日:2012/06/30(土) 01:17:47.30
すがすがしいまでに中身が空っぽなクソスレだなwww
14.川島のヌコ猫 投稿日:2012/06/30(土) 14:08:37.55
何か武田信玄みたいな人らしい
15.新潟県のクマー 投稿日:2012/07/01(日) 00:45:21.79
国王が何代目かは、オマーンでは↓のように勘定するらしい。

 オマーンの王族ブーサイード家の家系図(緑が本国のイマーム及びスルタン、赤がザンジバルのスルタン)
 http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ar/6/69/%D8%A2%D9%84_%D8%A8%D9%88_%D8%B3%D8%B9%D9%8A%D8%AF.png

つまり、オマーンの全盛期を築いたサイード・ビン=スルタンが
「第4代国王」とされている、ということだ。数え方によっては、
スルタン・ビン=アフマドが4代目になるが、混同なきよう。

16.柏崎のワナー 投稿日:2012/07/05(木) 23:23:15.59
>>15
なにこれ、アルジャジーラ?
22.村上のシナー 投稿日:2012/08/11(土) 11:03:21.23
>>16
ハァ?
29.天満橋のジョルジュ長岡 投稿日:2012/10/20(土) 17:13:45.78
>>22
>>16の頭の中では「アラビア語=アルジャジーラ」なんだろうよ
17.針のレモナ(プロトタイプ) 投稿日:2012/07/16(月) 21:30:36.20
オマーン国際交流
18.埼玉県の八頭身ギコ 投稿日:2012/07/16(月) 23:32:11.50
オマーン国際空港
19.吹田のラーメンギコ&モナー 投稿日:2012/07/26(木) 09:13:28.84
マンコ・カパック国王
20.広尾の斉藤またんき 投稿日:2012/07/28(土) 13:36:35.87
おまいらオマーン国いいたいだけちゃうん
21.調布のラーメンギコ&モナー 投稿日:2012/07/29(日) 20:07:52.31
そらそうよ
23.平和祈念公園のねここ 投稿日:2012/09/02(日) 15:37:26.18
オマーン国王陛下
24.新庄の毒男 投稿日:2012/09/04(火) 11:45:50.41
おまんこ区王
26.長浜のヌコ猫 投稿日:2012/10/01(月) 02:40:16.21
後継者は誰?
27.広島空港のそうでもないよ 投稿日:2012/10/01(月) 16:10:20.47
おまんこ喰おう
28.名古屋城のムーミン 投稿日:2012/10/01(月) 20:10:44.03
通りゃんせ通りゃんせ
怖いながらも通りゃんせ

富士山の裾野の広さをしれ

30.小平の内藤ホライゾン 投稿日:2012/10/26(金) 14:15:24.57
日本人の血が入っているんだっけ?
32.貝塚のヒッキー 投稿日:2012/11/10(土) 11:29:18.56
>>30
何代か前のスルタンの嫁さんのうちの一人が日本人だったけど、
日本人の血が混ざった王族はこれまで後継者になっていないハズ
31.北茨城のスパム 投稿日:2012/11/10(土) 00:27:37.39
今日も仲良く、オマーン(・∀・)人(・∀・)国際交流!
33.矢祭のラーメンギコ&モナー 投稿日:2013/03/09(土) 23:49:51.46
オマーン国際空港
34.恩納のヌコ猫 投稿日:2013/03/10(日) 14:05:06.20
オマーン国政は非常に由々しき状態である
一方で喜ぶ国民の声も
35.洲本のモララエル 投稿日:2013/03/31(日) 02:09:51.24
オマーン国債とアルゼンチン国債、どっちを買うか悩むな。
36.巣鴨の斜めギコ 投稿日:2013/03/31(日) 02:13:05.87
オマンコ 食おう
37.三戸のフサギコ 投稿日:2013/03/31(日) 10:45:13.85
21世紀にもなって未だに王室が残っている国には投資するな
将来必ずし一波乱ある
44.えりものメカおにぎり 投稿日:2015/02/08(日) 03:17:28.10
>>37
日本、イギリス、スペイン、オランダ、ベルギー、ノルウェーあたりも危ないの?
38.弘前のネーノ 投稿日:2013/04/12(金) 12:40:28.81
やっぱりチーズのにおいすんの?
39.中標津のゴージャスモララー 投稿日:2014/03/11(火) 04:01:49.79
てす
40.長瀞のヒッキー 投稿日:2014/03/11(火) 04:04:22.01
てす
41.瑞穂運動場の流石家 投稿日:2014/03/11(火) 04:27:06.46
てす
42.泉佐野のモナージ 投稿日:2015/02/03(火) 22:43:03.97
http://tatoeba03.seesaa.net/article/384241362.html

AS02)日本人の血をひく王女

王様と結婚した日本女性とその王女。(オマーン)

ある国の国王がダンスパーティで女性に一目惚れ、めでたく結婚。
こんな、御伽話のような出来事が、実際にあったとしたら皆さんはどう思われるでしょうか。

まずは地理学者、志賀重昂氏を知っていただきたいと思います。面白い人です。
かなりの熱血漢で、若い頃は、上司を殴り仕事をクビになったこともあったとか。
日本の伝統を重視する国粋主義的な活動をする一方で、冒険家して世界中を旅して回っています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E8%B3%80%E9%87%8D%E6%98%82

大正13(1924)年、この志賀氏が、世界旅行の一環としてオマーンを訪れました。

首都マスカットの周辺を散策したのち、「この国の王様に会いたい」と思い立ちます。
行動力が信条の人ですので、その足で王宮に向かい、宮殿の中に入り、スルタン(国王)に面会を求めたのです。

突然の訪問でしたが、タイムール国王は快く面会に応じました。志賀氏とともに日本・オマーン両国の友好・交易について熱く語り合ったといいます。

オマーンは中東の貿易の中継地として、古くから栄えていました。17世紀半ば、アラビア半島、さらにはインド洋西岸からポルトガルの勢力を駆逐。その後の18世紀から19世紀まで、インド洋全域の通商を支配し、海洋貿易国家として飛躍を遂げます。
しかし、19世紀後半、蒸気船が普及すると、帆船での交易が主体だったオマーンの交易は急速に衰退。
タイムール国王の時代は、国内での内陸部と沿岸部の対立に加え、イギリスなどの西洋諸国の干渉により、政権がまともに機能しない状況でした。

43.新宮ののまネコ 投稿日:2015/02/03(火) 22:44:01.95
志賀氏の訪問後、その影響を受けたのか、国王は息子に王位を譲り、自らは世界中を旅する生活をはじめます。そして、昭和10年(1935年)、初めて日本の土を踏むのです。

日本旅行中、神戸を訪れた際のことです。
タイムール前国王は、ダンスパーティに参加し、そこにいた一人の可憐な日本女性に目を奪われます。
神戸の税関で働いていた大山清子さんでした。

前国王は、その翌年も日本を訪れ、大山さんと正式に結婚。そのまま日本に在住してしまいます。
「大山さんを海外に連れて行き、彼女の御両親を悲しませたくない」との配慮からでした。
夫婦仲は円満。翌年にはブサイナ王女が誕生します。前国王は、日本に永住するおつもりだったようです。

しかし、幸せな生活は長くは続きませんでした。元々、体の弱かった妻、清子さんが肺結核にかかるのです。
当時、結核は死病とされていました。

看病もむなしく、清子さんは亡くなります。結婚から三年目のことでした。
妻の葬儀後、前国王は、失意のまま王女を連れインドに移り住むのです。さらにその後、タイムール前国王がご逝去に伴い、王女はオマーンに行くこととなります。

1950年代から60年代、オマーンの政治の混乱は続きます。
タイムール前国王の息子が独裁政をしき、内乱が勃発。それにイギリスが干渉し、紛争が拡大。
前国王の息子に対して孫がクーデターを起こすなど激動の時代が続きます。

しかし、クーデターを起こした、現カブース国王は、国民に直接意見を聞き、近代化を推し進めるなどの政治をすすめ、また、油田が見つかるなどの幸運にも恵まれ、最近は安定した政治状況が続いています。

そして、オマーンは、親日国の一つでもあるのです。
先の震災では、被災地、南相馬市の浄水器を扱う企業に、オマーンの企業から浄水器26億円分もの発注がありました。
しかし、彼らは買った浄水器を引き取りに来ません。
「我々が買った品は、そのまま被災地で使ってくれ」という計らいです。

また、ブサイナ王女も、ご健在であらせられるそうです。
蝶がお好きで、お部屋には、蝶の柄の入った家具やアクセサリーが多数あるそうです。お忍びで来日し、母君のお墓参りをしたこともあったとのこと。
世界の王族のなかで、唯一、日本人の血をひくお方と言われております。

http://www.oman.emb-japan.go.jp/japanese/5-003-029_j.htm
http://shukran.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-ffd3.html
http://yukokulog.blog129.fc2.com/blog-entry-531.html

45.平泉の初代モナー 投稿日:2015/11/15(日) 20:43:51.72
オマーン王国の西インド洋覇権がスワヒリ語を作ったんだぞ

元スレ:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/emperor/1339863244/